昭和42年3月31日    朝の御理解



 昨日、親教会の信者さん達が全部ここに見えまして、いろいろと夕方まで居られましたが、いろいろな事が、本当の事が本当に判っていくという事は、有り難い事であると思います。
 親先生もそうでございましたし、総代さん方もそうでしたが、椛目と善導寺とのなかに、さまざまな運営の問題がございましたけれども、その問題が一っつも、わだかまりの無いものとして、お互いが頂けれる事をお互いに判っていなくって、いよいよ問題が、複雑になって何とはなしに、言葉の表現しないけれども、その雰囲気が面白い雰囲気でなかったと、どうしてそう云う事が、お互いそうであったか、どうしてそれが判らなかったか、という事を、まあこうなって見ると云えれる事なんだけれども、本当云うて、その親先生もそれを云われるし、佐田さん方もそれを云うておりましたから、ほんとに考えて見れば、すぐ判る事をどうしてあんなふうな、在り方であったじゃろうかと、こう云う事を申しております。

 私には、親教会の事を、に、盾をつくとか、そう云う様な、そのう親教会に弓を引くと云った様な事を云われておりましたけれども、そういう事ではなかったと、まあ只、一途に善導寺であって椛目であると、現在の言葉で云うならば、善導寺の、云うならば、善導寺の教会あって、合楽の教会がと云う事になる。
 又、それを確かに、私も思うて居りましたけれども、それが判ってもらえなかった、お互いの様々な人間関係のなかにでも、そう云う様な事が沢山あろうかとこう思います。
 本当の事が判らない為に、問題がこじれたり、複雑になったり、かと云うてそれを、その時に判らせようとしてもですね、やっぱり時期が来なければ判らないと云う事ですねえ、問題は、私自身がもっともっとおかげさえ頂いていけばという、行き方で参りました事が、おかげにならん、真で成就せん事は無いと仰有るが、確かに、真で成就せん事は無いのです。
 早くそこを判ってもらおう、判らせ様と云うところに、もう判らんのですねえ、そのなかに例えば、どういう難しい問題が、善導寺、椛目のなかにある時でも、私の長女の豊美が、まだ当時中学校でございましたでしょうか、もう親教会に、矢張お参りし続けたという事である。ほんとに、一般にそう椛目が云われておった様な事が、実際であるならば、そういう雰囲気の中に…………子供達がですね、善導寺にお参り続ける筈がない、これは長男の場合でもそうであった。学院に、高校卒業してすぐの頃から、信心に少し、その心を向ける様になってから、矢張り一番初めに、その、あの人が思いついたのは、親教会に対する朝参りであった。
 そう云う様な事がです、例えば、んなら、善導寺に云われておる様な事が、事実であるとするならば。そう云う事が、椛目でそれに見たり聞いたりして来ておって、子供達が、親教会、親教会と云う筈がない、これを思うただけでも、あんな問題は起こらんで済んだのに、もっとスムーズにいったのにと云う話しが昨日出たんです。 けれども、それも何もかも、やっぱりご都合ですよと、椛目と連合会の問題だって、教会長主の問題だって、本部との問題であっても、やっぱりここまでこういうおかげを頂く事の為であるから、例えて考えますと、どんなに、私どもがお願い致しましても、私の、検定試験と云った様な事が許されなかったのが、許される様になり、しかも、それが合格のおかげを頂いて、た時には、もう椛目から、椛目てはなくて、合楽に移り、しかも合楽のお広前の御造営の成就という様な事になって、あれもこれもが、そのおかげを頂かしてもらうておったのでございますから、神様のご都合であったという事が、判らしてもらるというて話たんですけれども、ほんとにこう、何と申しますかねぇ、こちらの信心、お互いが、相手に判らせきらなかったと云う事も、こちらに矢張り、ほんとの意味での、純粋なものが無かったからだと云う事も、まあ云える訳ですけれど。
 ほんとにあの神様を思い、ほんとに親教会を思いという思いが、もっともっと純粋なものであったら、ほんとに一言のもとに、それを判らせる様なおかげを頂けておったであろうという様な事を、いろいろ感じたんですけれども。

 昨日、夕方まで居られまして、まあ皆さん、お風呂にでも入ってから、帰って下さいと、私が止めました時に、淵上先生達が、碁をうっとりましたが、ご理解と云えども、母が一人で留守番しとるから、もう百歳になられます、今年、丁度百歳になられるお母さまが居られます、を一人留守番さしとるからと、こう云われるのです。それで、私も、それを云われりゃどうも二の句がつけんね、と云うてから、帰られた訳でございますけれどもですね。
 そう云う様にですね。何かまあ一言で、もう二の句のつがれん様な、それは良い意味合いにおいてですよ、それは悪い事でも、そうですね、まあほんとに二の句がつがれんごたある事を云う人がありますが、これは、よい意味合いでですたい、もう有難うございますと、例えばそして、断りを云う場合でもです、それこそ鶴の一声とでも云うか、二の句がつがれんと云うか、もうほんとにおりたいばってんから、母が待つとるからと、もうこれにはですね、無理に私は止め様と思うても、止める事が出来んのです。
 もうそれを云われりゃ、どうも止めもされんねというて云う様にですね、それはどこからそういうものが私は生まれておるかというと、本当にですね、百歳にもなる母親にね、もう喜んでもらわなければやまんとか、孝行せねばやまんと云う様な心が、ほんとにその心の中にあるから、私はそんなに通じるのだと思いますね、例え口には親の事を、舅親なら舅親の事をですね、とやこう大事そうに云うておってもです、ね、さあほんとに昨日は、もっともっとここに居りたいという雰囲気が強かったんですよ。けれども家に待ってる親には替えられんと云う訳です。それがあのう、これは、ここのご信者さんですけれども、先日矢張りそのう、親を大事にしとるの、子供を大事にしとるのと云う人がございますけれどもです、ほんとに大事にしとるなら、そう云う様な一声で決まる様なですね、おかげの頂ける様な道があるという事です。

 私どもが、ああ云う教会であってとこういう、そう云う事でもですね、もっと私の心の中に、淵上先生が百歳にもなられる親を思われる様な思いというようなものが、私の心の中に、親教会に対するでも、そう云う思いがもしあったら、もっと、一言一言で決まる様なですね、様な事があったろうという様な事を、私は感じました。
 ほんとに親を思うと、ほんとに一人の親に対する孝行心というものがです、あって、親が待っておるから、年寄りが待っておるからと云うのに対して、私は一言も云う事は無い。
 自分としても、もう一時この雰囲気の中に居りたいのだというね、矢張、母を一人で家に待たせとるからとこう帰えられるその所に、ああ一晩ぐらいよかくさいと云えんのです。もう一時ぐらいよかくさと云えんのです。それを言われりゃどうも無理も言えんですね、とこう言うて、そういうようなですね、私はものがいろんなものがあるように思う。例えばなあらありましても鶴の一声で決まる様な事でもです、真実それを私どもがです、それをそうと本当に思うて居らなければ、そういう効果は上がらないという事。椛目と善導寺の中に例えば、現在のよい雰囲気が生まれてきて出来たのも、いわば、15年間もかかったんですけども、こちらに、もっともっと純粋なものがあったら、もっとももっと早い意味合いにおいて、もつとお互いが、有り難い事になっておっただろうとこう思います。
 そういう風に、このう思うてまいりますと、確かに、あのう信心という、信心の心を深めるという事は、限りがない事と思います。
 親を思うとか、親教会を思うとか、神様を思うとかという、その思いがです、ほんとに思うて居る人の言葉は、そして一言で決まる様な事であるという事をです、一言で神様に通う様な、神様があれの云う事ならば、もうどうとも云い様がないと、すぐおかげを下される様な、私は何と云いましょうかね、きわめ的とでも申しましょうか、ものが私は、私どもと神様との間のなかにでもやっぱりあると思うのです。
 その辺を味あうというだけでではなくて、自分たちのまあだ思い (テープ切れ)